氷の森は他者のモラルにストレスを感じやすい人に読んで欲しい一冊

氷の森は他者のモラルにストレスを感じやすい人に読んで欲しい一冊

氷の森は他者のモラルにストレスを感じやすい人に読んで欲しい

新宿鮫シリーズ以前に描かれた、大沢在昌のハードボイルド長編小説。
私立探偵である主人公が悪人と対決するというシンプルな大枠ですが、対決相手が「純粋な悪」であるという設定が物語を引き締め、読者にさまざまな問いを投げかける内容です。

 

大沢在昌 氷の森

 

本作品における「純粋な悪」というのは、良心の呵責というものを一切持たず、人を傷つけ、死に至らしめることに感情を動かすこともない、という描写です。

 

私たちは社会において、最大公約数的なモラルを守って生活していますよね。それは、きちんと列に並んで待つことであり、人混みでむやみに物を振り回したりしないことであり、つまりは人が嫌がること、困りそうなことは自制するということです。

 

しかし、モラルというものは風土や文化によって大きく異なるものであるので、日本人にとってのモラルを外国人が持ち合わせていないのは当たり前ですし、その逆もまたしかり。

 

郷に入っては郷に従え、という言葉にある通りです。

 

しかし、このモラルといった概念が理解できず、ただ自分の欲望にだけ忠実な存在がいたとしたら?

 

この本が描く「純粋な悪」とは、その究極の形を突きつけてくるものです。
列に並ぶ並ばないの次元ではなく、自分がやりたいことのためには躊躇なく人を傷つけ、殺す。
階段を上るためには足をまず上げなければならない、といったごくごく当たり前の事のように・・・。

 

物語を読み進めていくうちに、おそらく多くの読者が「酷すぎる」「どうしてそんなことが出来るのか」と憤ると思います。

 

しかし、読み手の感情にはお構いなしに繰り返される非情な行為に「善悪や命の尊さといった概念を一切持ち合わせない人間に、そういった感情が届くことはない」という事実を思い知らされていきます。

 

そしておそらく、私たちの社会が成り立っているのは、他者を傷つけてはならないという道徳教育の賜物であり、その枠から外れた人間がいれば社会は混乱するのだということを再確認するはずです。

 

日々の生活の中でモラルなき他者から受けるストレスは決して小さくありません。
そして、そのストレスを感じるときに私たちの心にあるのは「どうしてその程度のモラルがわからないのだ」という怒りですよね?

 

しかし、モラルを守らない、守れない人間の中には、その程度のことがわからない者が悲しいですがいるのです。モラルという社会の共通言語は決して万能ではなく、言葉が通じない存在が少なからず混じっているのが社会なんですね。

 

そういうイレギュラーな他者の存在を認めるという視点を持つことで、私たちが受けるストレスは少しだけ減るのではないでしょうか。
モラルとは万人がまったく同じ形で持ち合わせているものではない。本作品は、その事実に気づかせてくれる物語です。


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